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Masa Ichinohe

Author:Masa Ichinohe
都内で活動中のミュージシャン(ベーシスト)です。
サポートや音楽教室の講師のほか、自己のプログレバンドProcedanもゆる~くやっています。

京王線調布駅のスタジオでベースの個人レッスンも行っています。
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俺節
9月3日の記事に書いたキ○ガイじみた曲のデモを知り合いのスタイリストA氏に聴かせてみました。

このA氏というのが、テクノやエレクトロニカ、果ては音響系まで電子音楽に精通しているリスナーで、ミュージシャンではない彼がどういった反応をするか興味深く思い感想を尋ねました。

そうしたところ……

A氏曰く、「ボアダムスみたい、後半のメロディアスになるところがイイ!」とのこと。
ボアダムスみたいと言われたのは、ドラムパートを複数重ねているからだろうが、ボアダムスには遠く及ばない僕の音楽が、一般リスナーにそう評されたのはこのうえない喜びである。

しかし、着目すべきは、「後半のメロディアスになるところ」という部分である。

というのも本曲にはメロディアスな部分など存在しないのだ!!
幾何学的なシーケンスフレーズは出てくるものの、とてもメロディアスとは言い難いパートである。

なぜ、そのようにA氏は感じたのだろうか?

ここ最近今まで作った曲を客観的に聴いてみた。
全体のトータルコンセプトは貫いているものの曲のバリエーションはかなり富んでいると思う。

しかしこれが、不思議なことに曲のバリエーションが多彩であってもある種一貫性が感じられるのだ。
これこそが○○節と言われるものであるのではないか!?

つまり、それこそが、A氏が感じたであろうメロディアスということではないだろうか?

ノイズだらけの曲であっても、なおメロディを感じさせる。

これぞ俺節!!ということではないか。



恥ずかしながらそう思った瞬間であった。





というのはカッコつけすぎか。

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未分類 | 01:51:04 | トラックバック(0) | コメント(0)

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